障害を、情緒を入れて受けとらないこと
担当医から、障害に対しては、情緒と切り離して対応することが大切です、と言われました。
心配し、一生懸命アレコレと世話をすれば、「干渉されている、監視されている」、と訴える夫。居心地が悪い、気分が良くない、と訴えます。
かといって、話しかけても返事もないし、私の存在が邪魔そうにみえるから、そっとしておくと、「無視されている、見捨てられてる」、と夫は訴えます。愛が感じられない、寂しい、と訴えます。
どうして・・・!?
こんなに一生懸命やっているのに、何故夫はわからないんだろう??
愛情が無ければ、とうに離婚しているに決まっています。
夫のことを愛していなければ、こんな生活を5年近くも続けられるわけがありません。
愛情があるから心配して、夫に注意を払っているわけで、監視するつもりなんて全く無い。
それなのに、どうして理解できんだろう??? 勘違いするんだろう??
私のやり方がマズイんだろうか?
何をやっても無意味なんだろうか?
そもそも、夫は私を愛していないんじゃないか??
・・・ ・・・。
哀しくなるとともに憤りを感じるし、無力感、脱力感で、頑張る気力も萎えてしまう私。
虚しさ、哀しさ、甲斐なさ、寂しさ・・・といった負の感情と、それを何処へぶつけて良いか解らないことへの、怒り、もどかしさ。
担当医は、そうやって情緒を入れることが、良くないと私に諭してくれました。堂々巡りで良い事がない、と。
一生懸命頑張る⇒夫に干渉されて気分が悪いと言われる⇒どうして?と哀しくなる、頭にくる⇒結果的に夫に悪い影響を与える⇒夫の病状が悪くなる⇒私が必死で頑張っても良くならないことに無力感を感じる⇒さらに夫に悪い影響を与える⇒夫の病状がさらに悪化する⇒ ∞
そうじゃなく、0か1のような極端な夫の思考回路の偏りは、障害だと割り切って、それだけを現実として受け止める。そこに感情を挟まない練習を、頑張ってみましょう、というのが担当医のアドバイス。さらに、夫には学習障害と自閉性によるコミュニケーション能力の偏り、欠点があるので”翻訳”を手伝ってあげましょう、とも言われました。
一生懸命頑張らない⇒夫に干渉されて気分が悪いと言われる⇒これは、夫の学習障害が原因だから、私は落ち込む必要も、気にする必要も、怒る必要もなく、ただ、「私は干渉しているのではなく、心配しているだけだよ」と、誤解している夫に”翻訳”してあげる⇒上手くすれば、夫は誤解だったと安心し、少し不安や怒りが収まる。上手くいかなくても、夫に悪い影響は与えないから、病状の悪化を助長しない⇒感情的にすれ違いを起こす堂々巡りから抜け出せる⇒病気は改善しなくても、病気と上手く付き合いながら暮らすことが出来るように、ちょっとずつ、ちょっとずつ、出来るようになっていく(予定)
確かに、心の病、また精神障害って目に見えないから、やっかいなんだよね。これが目に見える障害で、さらに先天性だったと仮定してみたら、なるほど!担当医の言う意味がよくわかりました。
夫は子供の時から骨に異常があったけど、大人になって、或る日歩けなくなるまで、気づかなかった。色々調べたけど、原因はわからないし、調子が良くて少しなら歩ける時と、調子が悪くて、全く歩けない日がある。これといった治療方法も、今のところ見つからない。
こう仮定すると、今、私が「どうして?なぜ??」って問いかけていることが、本当は無意味だってことが、わかりました。ありのままの現実を受け入れ、情緒的ではなく、物理的に対応することの重要さが、わかりました。
そうは言っても人間は感情のある生物だし、特に女性は情緒的で、しかも不安定。簡単じゃないです。まずは自分(自己)を確立し、安定させないと。。。周囲の影響を受けやすい不安定な状態では、この厳しい環境を耐え抜いていけないもんね。うーん。。。私、乗り越えられるかなぁ。。。最近、長く続くこの厳しい暮らしに疲れ果て、気力も体力も限界。途方に暮れることが多いんだよね。このままでは私もうつ病になって夫婦共倒れになるんじゃないか、って不安もあるし、情緒不安定ぎみ。担当医は一人で抱え込まないで、私達も出来るだけ手助けするから、って言ってくれるけど、実際問題として、じゃぁ何をしてくれるのか?って言えば、少し長めの診察時間を割いて、話を聞いてくれるのが関の山、特別何も無し・・・だもんね凹。
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